家の中の構造について

しかし地中の湿気により、柱の根元が腐りやすく、神社や寺などは平安時代から、地面の上に柱を建てる様式をとっていた。民家でも、江戸中期頃から石場立て作りが普及していく。石場立てよりも簡単な「土台敷き」(礎石の上に角材を横置きし、その上に柱を建てる)という様式ものちに伝わっていく。一方、東北や北陸地方の一部では、わずかではあるが、明治頃まで掘立て柱の民家が残っていた。秋山の民家では、柱の下に礎石を置くようになっても、2本の柱は掘立て柱の状態で残っていた。まず、掘立て柱を建ててから工事をすると、より簡単であったといわれている。

またそりにだが、そりは作るのも簡単で雪面上ならば重量のものでも簡単に運べる。秋山の住民にとって重要な交通手段で山から切り出した木を平地に運ぶのに用いられた。